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地球を舞台に!世界一周保育な旅

元男性保育士がおくる保育と旅をテーマにしたブログ。

1週間が経過した話

こんにちは『けい』です。


帰国してから1週間が経ちました。


母が倒れてからは10日ほどが経ったようです。


前置きはせず単刀直入に言います。


病状は『最悪』です。


『20万に1人しかならない病気』


なんですって


まだ病状の解明はされておらず


名医のような方もおらず


何なら


手術後に


母の身体や手術のデータを


病院が欲しいくらいだそうです。


もう漫画やドラマの世界ですよね。


病状には1〜4までのレベルがあるのですが


そのレベル4でした。


つまり最悪な状態です。


うちの母は健康診断を余りしないタイプで


『正直それはどうなのだろうか‥』と


家族ながら疑問に思っていたのですが‥


どうやらこの病気は恐ろしいスピードで


脳に蔓延していくようです。


手術で腫瘍を取り除いても


他にも無数に転移していて


それ全部無くそうとしたら


『脳がなくなる』のですって


病名は気が向いたら書きますね。



なので余命みたいなモノも聞きました。


まぁそりゃそうだよな‥


という気持ちです。


来週から母は入院します。


んー


シビアかも知れませんが


もうこの30年いた家には


帰ってこれないかも知れません。


そして


もう元気な母を見ることが出来るのは


この1週間が最後かも知れない。


んー




寂しいなぁ‥




これ良くドラマみたいに


『おめぇ!!家族を信じろっ!!』


バキっ!!(殴る音)


なんて思う人いるかも知れませんが



現実ってそんなに甘くないんですよ。


今回それを1番感じました。


これ別に私悲観してる訳じゃないんですよ?


私は至って元気で冗談だって言えます。


ただ冷静に書いてます。


帰国前にSNSで現状を報告したら


たくさんの方からメールやコメント頂きました。


母を応援し心配する声、そして私にも。


その中で一番多かった言葉が


『けい君の顔見たら元気になるよ』


という言葉でした。


もちろんこれは希望や励ましの言葉で


我が母や私を心配して頂く言葉なので‥


本当に嬉しく励みになりました。


ただこれ


現実ではどうかと言うと


母は


『一度も私を見ようとしてくれませんでした』


『返事も虚ろで会話になりませんでした』


これはいろいろな環境要因や感情があって


決して病気の症状ではないのですが‥


それは初日を終えた後にわかったんですがね。


そこを話すと長くなるので今回はやめます。


ただそういう経験を


何度も繰り返し


2日目の終わりには


『期待、希望、失望、絶望』


これらの類は


余り意味のないこととわかりました。



正直帰国した初日は


『何だか知らないおばちゃんが家に来た気分だな‥』と


心底神経を使いました。


今でも2時間置きに目が覚めます。


ただこの1週間本当に怒涛のように流れ


その1日1日で様々な感情や考え


そして変化があり


正直、泣いた日もありました。


そして今は


少し落ち着きました。


というか


肝が座りました。



そう


1度として同じ日はありません。


いや何と言うか


その日考えたことが次の日違い


次の日考えたことがまた次の日変わり


憶測や期待を持つことを無駄と思いました。


無根拠な感情論は


今は必要ないと判断しました。


医者の判断を待とうと


なのでその間


『その日、その瞬間を丁寧に過ごす』


これが何よりも安心で確実でした。


決して無理もせず


至って普通にね。



そう


だからと言って


私自身は本当に元気なのです。


家族もみんな元気。


母も現在の姿を見たら驚きますよ?


メチャメチャ普通だからw


鏡見て化粧できる。


ただ


それでも家族にはわかりますが


1/5くらいの元気かな?


いや精神面での負担が大きいのかな。


そうだよね‥。



私は


毎日ランニングして筋トレして


食事制限して


もはや趣味の家事に全力を費やしてます。


そして母の入院が決まったら


少し『働こう』と思います。


一応、家族一の機動力を誇る私。


しかし生活費も掛かる。


というか年金や国民健康保険


今はパートで『週3の保育』を


近所で探そうかな!っと思ってます。



いやっ!!


マジでさっ!!


世界の保育を見よう男が!!


日本の教育!保育士不足!!を


改善しよう男が!!


近所のパートてwwwww


近所のパートさんてwwwww


30代・実家・パートてwwwww



この悔しさわかりますかっ!?


先週まで俺エチオピアいたのっ!!


エチオピアで保育してたのっ!!


自分の足でさっ!!


街を何時間も歩いて見つけたのよっ!!


そこに殴り込むのさっ!!


保育させてーーってさ!!


わざわざ海外行って


お金払って!!


その器よっ!!


それがさ‥


何これ!?


パートてwwwww


パートは別にいいよ!


パートを馬鹿にしてる訳じゃないの!


俺の意欲と現実の差に嘆いてるのよwww


毎日病院通ってんのwww


帰国の余韻ZEROwwww


ウケるwwww


何これ!?www


この悔しさわかりますかっ!?


この悔しさがわかりますかっ!?


どーせ海外で


呑気に観光しながら


園でガキとタラタラままごとして遊んでるくれーに思ってんだろーけどよ!?


いやさっ!!


わざわざ自分のお金と時間と社会的価値と命を使って


わざわざ世界行ってさ?


仕事のこと見るかね?


アンタなら同じことやるかい!?


旅行先で自分の仕事見に行くかい?


仮に見に行くならどういう気分さ?


何を思う?


想像してみ?



そう


そう言うこと!!


舐めんなっ!!



話が逸れた。


何故、母は


私の顔を見ないかわかりますか?


見れないんですよ。


後ろ目たくて‥


何でって?


そりゃ


『自分のせいで』


私の旅を終えたと


『思っているから』


親だから‥


母だから‥


私がどれだけこの世界一周を


楽しみにしてたか


知ってるんですよ。


そしてそれを


止めてしまったことを


母は


悔いてるんです。


私は


息子だから


それがわかるんですよ。



自分の身体よりも心配してんの。


俺なんて今はどーでもええねん。


けどその証拠に


帰国して


最初の言葉が


母『あんた旅はどうすんの?』


私『今はそれどこやない中止や』


そしたらね


泣いちゃったの。


目を真っ赤にしてね。


親だからさ


母だからさ


悪いと思ってるの。


やめてよ、そういうの‥



いやね


あんたはあんたの身体を心配してよ!と


そう思うの。


それ以来


母は私と余り目を合わせてくれない


何より


世界の話になると


『寝る』


親戚がいても


どんな時でも


『寝る』


何それ‥


寂しいやん。


メッチャ仲良かったやんけ。


聞いたでアンタが裏で


一番おいどんを信じてくれたの。


父ちゃんから聞いたで‥


『けいはちゃんと考えてる』


『けいなら平気』


言うてくれてたんやってな。


聞いたで‥


おおきに‥


確かに俺は平気や。 


けど


アンタ平気やないやんけ!!


俺は


いくらでも何度でもやったるわ!


だからさぁ


やめてーや‥


急過ぎやで‥



そう


なので


だから


現実は甘くないの。


もちろん希望と元気


勇気に優しさ


これらを持って接しとるわ。


それにね


ほら


誰も悪くないのよ。


恨めないのよ。


憎めないのね。


受け入れて


今を生きる


今を過ごすしかないの。


だから俺は必ず


絶対に


諦めないのね。


ここで諦めたらダサ坊よ。


ほら私


意識高い系だから


この程度のことで狼狽したくないの。


それこそ母に悪いし


いや違う


自分のプライドの為にね!


家族は関係ない。


けど今は


仕方ないのや


けど我慢せず


今できる最大限をやるの。


この条件だから出来ること


それを考え実践すんの。


だからね


俺をね


怒らせないでほしいのよ。


神様ちゃん?


運命ちゃん?


ちょっとオイタが過ぎるのね?


試してるのコイツら。


ヨーロッパの強盗くらいからさ。


試してるのよ。


見たいのよ。


俺が泣き喚くの。


無理無理www


相手が悪いよ。


俺だってさ


やる時はやるよ。


それに


俺の家族ちゃん達にね?


ここまでするんだもん。


そりゃ怒るよ俺も。


ただね


ガキみたいにはやらないよね。


ムギャーーー!!なんて


ダッサイ、ダッサイ。


ほら30歳になるでしょ?


堂々と行くよ。


クールにね。


この勝負はさ


恐らく


俺が諦め絶望したら負け


挫けず歩み続けたら勝ちの


一本勝負。


時間無制限?


どちらか死ぬまで?


まぁ


余裕やね。


俺個人としてはチョベリ楽チン。


だから今は家族といる時間を大切するよ。


その中でしっかりと物事を考えるさ。


なので


まぁ母は


そんな感じ


私も


そんな感じ


また何かあれば


ここに書きます。


あと


連絡とか


黙っててくれて


どーも


電話がなると


ドキッとするから


助かるよ。


はい


おわり



実家・理想・現実

こんにちは『けい』です。


無事に帰国しました。


空港に到着し1番に家族に連絡しました。


その時


母と少し話すことができました。


母『おー無事だったんだ!』


私『そりゃこっちの台詞だ。』


なんて


けどこんなやり取りでも


少し安心出来て


1年ぶりの日本の景色に


感動を興奮を抑えられませんでした。


空港から実家に着く頃には


両親は既に寝ていました。


なのでまだ


両親と顔を合わせていません。


ただ先ほどのことで安心し


機嫌が良かったのは事実です。


しかし兄は違いました。


兄『気を付けろ』

    『お前の気持ちはわかる』

    『やろうとすることもわかる』

    『けど今はやめろ』

    『少し話そう…』


なんて


意味深なことを言うのでせっかくの気持ちは緊張と抑制に変わりました。実家で声を殺して話す。



ただそこで


兄が私に全て話してくれました。


内容は前回と同様ですが


細かな状況やそれぞれの様子を伺いました。


その口調は本当に丁寧で穏やかでした。


とてもわかりやすかった。


ただそんな真剣な兄は初めて見るので


ことの深刻さが伺えました。



私は前回のブログで


『元気に家族を盛り上げる』


的なことを書きましが…


正直、甘かったです。


考え方は間違ってないです。


気を強く持つことも正しい。


ただ


内容が甘かった。


ノンキだった。


それは兄が冷静且つ丁寧に内容を説明してくれたからすぐわかりました。


前回私は『兄は動揺していた』と書きましたが…


兄に謝ります。 


自分よりも遥かに大人でした。


ちゃんと状況を見て


自分の仕事との折り合いつけながら


父と母を支えた。


そして私にも混乱しないように


丁寧に落ち着いて話をしてくれる。


あぁ…すまん。



断っておきますが


事の深刻さとは


これは決して


『病状の良し悪し』に


関係ありません。


軽いから良い


重いから深刻

 

と言う訳ではありません。



病状はわかりません。


検査が長引いています。


わからないのです。


ただ


それは問題じゃない。


軽いとか重いじゃない。



今は


家族の1人が倒れた時…


残された人間が


どうにかして


その人を助けなきゃいけない。


その時は


みんなで協力しなければいけない。


という事以上の意味はなく。


これは『真剣』でなくては務まらず


気を抜いてはいけないことだと


兄の話の様子から理解しました。


甘かったです。



自分の役割に集中しなければいけない。


父は誰よりも側で母を支え


病院や職場や親戚へと連絡をまわした。



兄は自分の立場を瞬時に理解し


兄と言う立場で父と母を支えていた。


そして私への連絡。



これらのことは


病人が1番辛いのは当然として


関わる人間全員が真剣に向き合わなきゃいけないと


兄の話し方から感じ取ることができました



兄は長旅で疲れた私のことを労いながら混乱しないよう丁寧に丁寧に話してくれました。1つ1つの質問にも丁寧に答えてくれた。



私は実感がわいてませんでした。


『遊びも〜』とか言ってましたが


本当に甘かっです。



反省はしません。


ただ知った以上はやる。


こういう経験は家族4人


皆が初めてだったから。


みんなわからない。



ただ私は


迅速に動ける駒となる。


手足となる。


それが自分の役割な気がしました。


私は無職で


心身共に健康だから


圧倒的に機動力がある。


それができる。



本当に


帰って来て良かった。


これじゃ母は当然として。


父と兄も潰れていた。


人手は多い方がいい。


帰ってこれて良かった。


ここからは私がバックアップします。


2人の負担を減らせる。



さて


私は前回


『世界一周から帰国する理由』


を説明する為に


このブログにこれら内容を書きました。


そして今回は


その内容を読んでくれた方で


心配して頂いているであろう方に対する


『報告』として


今回のことを投稿しました。



しかしここからは


『家族の問題』です。


これはブログの趣旨と異なるので


今後は母と病気に付いては触れません。


繰り返します。


ブログの趣旨と違いますし、


近況を報告する必要はないと考え


今後ブログでは触れません。


ご理解下さい。



そしてこれは


何回も繰り返しますが


『容態の良し悪し』に関係しません。


思ったより悪かったから真剣だとか


そうではなく


病気に重いも軽いもなかった。


そういうのわからなかった。


… 


なので


ここからは伝える義務はありません。


『家族の問題』です。


当分


このブログの更新は止まります。


ただおそらく


どんな形であれ


『1つの山を越えた時』


報告はあるかもしれません。


ご理解下さい。



日によってテンションが違い


申し訳ありません。


しかし1つひとつの投稿に


迷いはありません。


それではまた



突然ですが帰国します!

こんにちは『けい』です。


タイトルの通りなのですが

急遽帰国することになりました。


理由は?


ですよね。


実家の母が倒れました。


突然です。


持病などは一切なく


突然です。


私は現在エチオピアの幼稚園で保育をさせてもらってるのですが


保育が終わってJICAスタッフさんと『この園で日本の遊びをしよう!』なんて話合いをしようとしてた所。


兄貴から連絡がありました。


すんごい珍しい。


何やねん。


細かな文面は控えますが


まぁ『早く帰って来い』と


そう言うニュアンスの内容がLINEに入ってました。


はぁっ?


と思い即連絡。


『落ち着いて聞いてくれ』と話す兄の声は動揺しており、そこは年長者としてしっかりしてくれと思いつつ


父に代わってもらい事情を聞く。


これも様子は控えますが


まぁ『母が突然倒れた』と


今はその記憶がないとか…。


その場に居合わせた父は応急救護を施したらしく


そして病院へ。


脳に大きな腫瘍があったそうです。


はぁっ?


そんなん1ミリも聞いたことねぇけど!?


ってか、


なんでそんなんなるまで家族も本人もほっといたの?家族は何やってたんだよ!?と


まぁそう言いたい訳です。


ただ内心そう思っても


そこは誰よりも

その場にいた父が驚き、動揺し、母を看病し、疲れているので‥


落ち着いて話を聞くことにしました。


ここ1カ月くらい身体のダルさは訴えていたそうです。思えば洗濯や掃除が途中でやりっぱなしだったとか?けどまぁ、普通に働いてたらしいですよ。病気によくある『まさか自分に限って』というパターンなのでしょう。


現在、精密検査を終えたそうで


まぁ今後どうなるか

今現在わからない状態なのですね。


なので


まぁ


当然帰りますよね。


ちょっと世界が〜とか言ってる場合ではないのでね。



少し前日本で話題になった『地震騒ぎ』や近頃の『北朝鮮製ミサイル問題』のニュース。

こんなニュースばかり聞いてますと


いよいよ

『もしかすると自分の帰る国はなくなるかも、いや住んだ街は家族は友達は‥』と妄想を越え…


真剣に『最悪の時』を覚悟しなくてはいけないのだな…。


なんて考えていた最近でした。


なので

正直あまり動揺してません。


いや実感が湧かないと言った方が正しいか‥

言うてまだ検査中だしね。


ただまぁ

皮肉か運命か遺伝なのか‥

亡くなった祖母と同じ症状という


それに言うて私‥

今年で30歳になりますから

こんなことも珍しくない年齢に差し掛かっているのですよ。年齢を重ねるってそういうことなのですね。



はい

内容が内容なのでご心配をお掛け致します。

こうした内容は賛否がありますでしょう。ブログの話題にしてる訳ですから。


ただ仮にまた更新が止まっても嫌だし、帰国を黙ってエチオピアのこと書き続けてもそれはそれで矛盾するのでね。



さて、ここまで書いて‥


こんな状況ではありますが‥


私メチャメチャ元気なのですよねw


普通にダナキルや保育の記事書きたいです。


てか自粛期間とは言え

日本に帰れるので少し『知り合い』に会いたいのですね。ほら友達はZEROなので☆


不謹慎なのですかね?


いいですよね?


別にハシャぐ気はないですもん。


だって落ち込んでも良いことないですし、落ち込んで病状は良くなりませんもんね。


仮に家族が疲弊するなら明るいのが1人いないとね。家族での我が役目なのです。


母もこんなんで帰国させるんじゃ悪いなくらいに思ってくれてると思うんですよ。


遊べ遊べー!!と言うはず


もしくは


働け働けー!!と言うはず


それはほら『家族のノリ』ってヤツですよ。


我々ハイパー仲良しなので☆


なので帰ったら家族に怒られるかも

『お前その態度なんだ!!』って


あはは


母の様子次第です。


事と様子を見極めます。



なので最後にお願いがあります。


これ読んだ人


と言うか地元の人


『けーくんのお母さん大変なんだって』と


他言しないで下さいね。


これブログ読んでいる方に対して記事なので父や兄貴にバレたら怒られそうで‥

あと母自身記憶ないそうなので変なストレスになったら嫌でしょ?


まぁそれでも書き手の意に反するのですよねこう言うの。


知ってる☆


そんならネットに載せるなっ!!って感じですよね。あはは


それも含めて投稿する側の責任ですね。


わかりました。


はい


なので帰国します。


今後の旅はどうなるでしょう?


正直、今はどうでもいいですね。


出発して1年が経ちます。


これも何かの縁でしょう。


日本着いた感想は


このブログに載せます。


それでは


けいでした。




世界一過酷なツアー4日目

こんにちは『けい』です。


ダナキル砂漠ツアー4日目、最終日について書きたいと思います。


とは言え最終日はETTメケレ支店にに帰るだけなのでこれと言って大きなイベントはありせん。


『4日目のスケジュール』

下山

朝食

移動

塩の湖&天然温泉

昼食

移動

ETT到着

解散


になります。


『下山』

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昨夜の火山を背に下山していきます。時刻は確か早朝5:00でした。ガイドに起こされ顔もまともに洗わず山を降ります。


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辺りが明るくなってきました。昨日真っ暗で写真が撮れなかった場所はこのようになっていたのですねぇ。


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1時間以上歩いて振り返った景色。

ここからまだまだ歩きます。


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そして到着‥。

登りが2時間半だったので降りは楽々かと思いましたが、下山にかかった時間は‥


2時間半!!


どれだけ登りのペースが速かったか!と言うことがわかりますよねぇ‥。


『朝食』

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AM.7:00時頃 もう皆さんお腹はペコペコです。狂ったように朝食に貪りつきます。いえ、普通に座って食べました。


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出たっ!!

玉子のピリ辛のやつ!!


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そして果物達。


‥この時も火山付近で怪我をした方の傷口にはハエが寄ってました。スタッフに傷薬もらっていました。


『移動』

来た道を戻ります。私は疲れていたのですが一緒にいたヨーロッパの2人は物凄いテンションでハシャイでました。体力凄いな‥。


『塩湖』

おそらく3時間は車に乗ったでしょうか。

ここでテンションの高いマートッシュさんが‥


マ『ドライバー次はどこに行くんだい!!』


ド『塩の湖さ。そこで少し休もう!』


マ『オウっ!そこは泳げるのかい!?』


ド『もちろんさ!!』


    『緑色の綺麗な湖が広がっているよ』


マ『えっ!?そいつは楽しみだっ!!』


ド『見てごらん。あれだよ!!』


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!?


一同『ん?‥どこかな?』


ド『え‥?そこよ‥。』


一同『ん?‥うん。』


ド『うん‥。それ。』


一同『えぇ‥』


というやり取りを終え、皆渋々と湖に入ることにしました。


※写真はないです。


やはり塩湖というだけあり浮きました


私も神奈川県民なので毎年湘南の海には行くのですが、汚さも含めて神奈川の海を思い出しました。


またこの海は塩の濃度が高い為、潜ったりすることをオススメされませんでした。なので皆さん仰向けでプカプカ浮きました。


『天然温泉』

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一見その辺の川のようですが、これ温泉なのですよ。近付いてみましょう。


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藻が浮いてますが綺麗ですよ。


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綺麗でしょ?


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入浴。

この水温が40〜45℃くらいだったのでしょうか。日本人としてはまぁ程良い熱さだったのですが他の方は『アチっ!!』と悶えてました。私、約11ヶ月ぶりの湯船?でした。


『移動』

ほんのり身体が温まりみんな寝る。


『昼食』

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最後の食事。


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最後はスタッフの方が陽気に挨拶。

『楽しかったかい?ご飯は美味かったかい?景色は良かったかい?』と言う感じ。


食事はスパゲティでしたが写真忘れました。

最後に韓国人のボランティアお医者さんがコーヒーをご馳走してくれました。


『到着』

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そして遂に到着しました。

ETTメケレ支店です。あぁ落ち着くような寂しいような‥。


ここでドライバーさんとはお別れ。最後にこのチームで写真撮りたかったのですが、そういう雰囲気にもならず去って行ってしまった。いや私が皆に声をかければ良かったのですが‥あはは


『荷物』

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私達の後にも人数が揃えばツアーは出発するのでいろんな人の荷物があります。乱雑という訳ではなくちゃんと個々で置いて頂いていたので無事です。


荷物を受け取り私たちは解散するのですが最後にドライバーさんを抜いたメンバーでご飯を食べに行きました。


さて、これにて『世界一過酷なツアー』はお終いとなります。まとめは次回書こうかと思います。そこに個人的な感想も混じえましょかね。



本日もこの投稿を読んでいただき

本当にありがとうござました。


それでは


『けい』でした。


おわり






世界一過酷なツアー3日目

こんにちは『けい』です。


ダナキル砂漠ツアー3日目について書きたいと思います。


さて3日目はいよいよ『世界一過酷』に相応しいツアー内容となってきます。


3日目はエルタ・アレ火山までの移動が主です。道中は1日目、2日目と重複する部分が多いので省いていきますね。


では3日目のスケジュールはこんな感じ。


『3日目のスケジュール』

朝食

宿を去る

移動&写真&トイレ

昼食

移動

夕方、村へ到着

夕食&準備

トレッキング開始

エルタ・アレ火山到着

就寝


では細かくご説明を‥


『朝食』

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コーヒーや紅茶になります。

カップの底はキレイでしたよ。


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果物とインジェラです。

繰り返しますがこのインジェラは評判が良くありません。しかし、ここでは観光向けに味を調整しています。


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そしてこれ!!

これは玉子焼きに辛いのが入ったヤツです。これが本当に美味しい!!


『道中』

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トイレ&写真タイム。

特に変わったことはありませんが、さすがに3日目となると皆疲れを隠しきれない様子でした。


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木の根っこ。


『昼食』

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ETTと提携するレストラン。


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冷たい飲み物やビールもあります。


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お肉とご飯。

タイ米のように少し細いお米です。お肉は忘れました。お肉かどうかも怪しいです。


『移動』

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車のCMみたいですね。

いよいよ道が悪くなってきます。ドアに捕まらないとガッタンガッタン揺れますし、態勢を維持するのに筋力もいるので非常に疲れました。


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えっ?こんな場所走れるの??

と思うような場所を何時間も走ります。

これ溶岩が固まってます。


4時間後‥


『到着』

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ここで火山付近の集落に車を停めます。


『目的地』

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山の頂上付近に煙が上がっているのがわかりますね。これからここに向かいます。


トレッキングは日が沈み涼しくなってから、それまでにトレッキング用に荷物を切り替えて、夕食を頂きます。


『最後の食事』

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スープを頂きます。

集落が小さかったので食事はスープだけだと思い込み『これでもか!』と4杯もスープをおかわりしました。しかし、後から果物や野菜が出てきました。


ここでは偏食せずに出されたモノをバランス良く食べることをオススメします。トマトやオレンジを食べたら本当に元気出ました。


『荷物準備』

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後日しっかりまとめますが、ここでは荷物をトレッキング用に切り替えます。残った荷物は車に置くことができます


(必要な物)

・水

・ジャケット

・ライト

・ウェットティッシュ

・救急セット(消毒と絆創膏)

・タオル(それに変わるもの)

・長ズボン・スパッツ


以上が必須かと思います。


これらをリュックに入れれば良いのですが、私はスカーフを風呂敷代わりにして背中で背負いました。


※救急セットは本当に大切です!!

   怪我人が続出しました。

   ラスト1時間で一気に過酷になります。


また気になる方は着替えを持って行くと良いでしょう。身体を冷やさない為のTシャツ程度で十分ですが。


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小さな集落。

水はラクダ君が運んでくれますが、休憩のタイミングが少ないので出発前にドライバーから水を受け取りましょう。


『出発へ』

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日が沈む19:00が出発の時間です。

韓国人チームの服装がガチ勢でした。他の方々も割と本気です。良い心掛けですよね。


『トレッキング開始』

ごめんなさい。

ここからは頂上まで写真がありません。休憩が少なく写真を撮る気力もありませんでした。


とは言え真っ暗な溶岩帯を歩くだけです。ただ思ったより砂地が多く足を取られました。


砂→岩→砂→岩→ちょい登り


これを約3時間


ガイドがなるべく平坦な道を選んでくれるので不思議と『登り』という感覚は少なかったです。心と呼吸を落ち着かせながら確実に確実に歩を進めました。


『エルタ・アレ火山』

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全体のペースが早く2時間半で頂上に到着しました。夕方見えた煙は夜になると紅く染まるのですね。


ここまで来るとさすがに皆疲れを隠し切れません。私も細かな記憶は飛んでます、よく覚えてませんw


さて誰が呼んだか『世界一過酷なツアー』。

この言葉の意味を我々はこれからの1時間で知ることとなりました。


んー


子どもなら死ぬかも知れないですね。


その理由がこれっ!!

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って写真じゃわかりませんよね?


火口付近も基本的には溶岩が固まって出来た地盤なのですが、先ほどまでとは少し勝手が違います。


明らかに地盤が『緩い』のです。また厄介なことに岩肌が鋭利なのです。


つまり地盤を踏み抜けば一瞬で膝まで足が埋まりその際に傷、もしくは血だらけになるのです。


実際に15人の参加者の半分は足に傷を負いました。血だらけで見るに耐えない方もいました。


エグい話ですが‥

韓国人がかなり深く足を切りました。すると瞬く間にハエが傷口に寄って来ました。卵を植え付けているのでしょうね。よく死体にウジが湧くでしょ?


ハエが糞よりも不衛生な物よりも何よりも早く血に群がったのです、驚きました。


傷口に10匹以上のハエが集まり血を舐めます。手で払っても払ってもどこからともなくハエがやって来て真っ赤な傷口を覆うのです。その姿は本当に気持ち悪かったです。


皆が傷を負い疲弊する中、エンジェルな私は5cmだけ宙に浮き難を逃れました。


何なら怪我した人達に絆創膏を配るというハイパーエンジェルプレイを行い圧倒的な存在感を見せつけたのですガンジーとヘレンケラーとの間に生まれて良かった☆


そしてもう1つ‥

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煙‥


よく『肺が焼ける』とか言いますよね。


あれ‥


ヤバいです。


足元に集中している間に油断すると

風に煽られ火口から硫黄とも刺激臭とも熱とも毒とも言えない‥


とにかく


吸ったらヤバいであろう煙‥


突き刺す?胸が焼ける?


痛み。


が鼻や肺を直撃します。


花火をした時に鼻を刺す刺激臭のような酷い臭いがあるでしょ?ムセ返してしまうようなあの臭い。


あれの物凄いの‥


どこからともなくやって来ます。


『あっこれをモロに吸ったら死ぬっ!!』


っという感覚にはなりました。


この地盤と煙の2点は3日間のアウトドアな生活、そして先ほどまでのトレッキングで疲れ果てた身体にトドメを刺すようでした。


しかし

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!!


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!!!


あぁ‥


迫力が伝わらない‥。


何枚撮っても同じ感じになるので諦めました。また私のカメラよりもSAMSUNGの携帯方がよく撮れてて笑えました。


それは仕方ないとして‥


この景色を見て


『地球は生きてる』


という言葉の意味がわかった気がしました。


私は怖かったです。


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皆さんは50も100も写真を撮ってましたが、何だか私はこのスケールの大きさに腰を抜かしてしまいました。10mくらい離れた場所で皆さんを眺めてました。


はい‥


あのマグマのスケールを私の文章能力では表現出来ません。ただ本当に‥



表現出来ません、とほほ


『頂上へ戻る』

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寝床のある頂上に戻ります。つまり先ほどの危険な場所をもう一度歩かなくてはいけません。


ここで怪我をしないコツとして


・ガイドを頼り過ぎず自分の足で

   しっかり地盤を確認する。


・前や後ろの人を気にしない、焦らない。


・最後まで油断しない。


☆エンジェルの心で割と飛ぶ。


☆は特殊な訓練がいるので無理にとは言いません。私のような気高き人間にのみ許された技です。素人の皆様は先の3つを駆使して下さい。


『就寝』

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フラッシュが壊れてしまったのでわかり難いですが、布団と寝袋があります。それ以外は本当にただの岩です。


この時、23時を回っておりベッドチェックをする気もなく本当に心底疲れておりました。

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敷布団と寝袋は清潔です。

山頂は風と砂が舞います。寒いのでジャケットがあると良いでしょう。


実際はこんな感じ。


あぁー布団?


なんでもいいよー


だりー


寝るー


おやすみー


本当にこんな感じで3秒で寝ましたw


はい、本当に疲れました。


ダナキル砂漠ツアー3日目でした。


明日は最終日、おまけ程度ですね。



本日もこの投稿を読んでいただき

本当にありがとうございました。


それでは


『けい』でした。


おわり