読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

地球を舞台に!世界一周保育な旅

元男性保育士がおくる保育と旅をテーマにしたブログ。

父が夢を求めた場所

こんにちは『けい』です。

 

よく旅ブログを拝見していますと「書き途中の記事が消えたー!!」とか「ネットの繋がりが悪いー!!」なんて言葉を見ますが、私もその言葉の意味を理解し、ここに実感しているところです。

 

つまり

 

書き途中のデータ消えたぁあああ!!

 

ということです。

 

 …

 

 

今日はこの写真の人が主役です。 

f:id:keinhrkei:20170115104254j:plain

(何だか古めかしい写真ですね〜)

 

さて、前回お伝えしたように

 

 

私は今ブライトンにいます。

f:id:keinhrkei:20170115095715j:plain

(少し歩けば海が見えるキレイな街です。)

 

 

そして何故ブライトンに来たのか?

 

今回はそれについて伝えたいと思います。

 

それを伝えるにはまず父の説明をする必要があります。(2回目)

 

 

 

 

父を一言で表現すると「絵に描いた様な昭和のサラリーマン」という言葉がピッタリだと思います。20歳で設計士になり、それから一つの会社でコツコツと定年退職を向かえるまで働きました。

 

私が物心ついた時から現在まで、一度でも仕事を休んだところを見たことがありません。毎朝6時に職場へ向かい、夜の10時頃に帰宅する。少なくとも私が実家にいた20年感はそうでした。

 

また、趣味もなく…

 

車や楽器に読書など何一つ熱中する姿を見たことがなく、ただただ毎日仕事をしては家で休みの姿だけを見ていました。

 

そして友達もいません。

 

多分「友達」という概念がないのでしょう。誰かと食事に行ったり遊びに行くことは無く、友達を紹介されたことなど一度もありませんでした。

 

「絵に描いた昭和のサラリーマン」イメージがついたでしょうか?

 

 

そんな父ではありますが、

 

どうにも人生で一度だけ大きな勝負に賭けたようです。

 

それが45年前、

 

当時26歳の父の『語学留学』だそうです。

f:id:keinhrkei:20170115104821j:plain(ごめんなさい、反転するとパソコンがバグってしまうのです。)

 

 

そう

 

40年前に父はここブライトンを訪れたそうです。

 

今でこそ海外に対する情報や理解も増えておりますが…

40年前と聞いたら少なくとも今のご時世よりはずっとずっと海外に飛ぶことは難しいことだと思います。(私の想像ですがね…)

 

ましてやこの堅物の父が…

 

やるもんだなー。

 

そんな父に出発前に言われたのです。

 

「俺はまたブライトンに行ってみたいんだ…」

 

「次にいつ行けるともわからない…」

 

「俺の代わりに見てきてくれないか…」

 

 

 

…父さん。

 

 

 

イケたらイクね☆ (飲み会に絶対来ない人の常套句)

 

正直、全く行く気がありませんでした。(おいおい)

 

しかし、ロンドンに到着し地図を確認すると…

 

…ふーん

 

近いやーーーーん☆

 

行ってやるかー☆

 

ということで来ました。

 

えぇ

 

ちなみに父はその後、英語を使うこと無く設計の仕事を続けました。

 

なんなら上海に4年間飛ばされたことで中国語の方が得意です。

f:id:keinhrkei:20170115063744j:plain

(上海より、挨拶や相づちでは素で中国語が出てしまう父)

 

 

えぇ

 

えぇ

 

 

いやwww 留学はどーした!!wwwww

 

 

本人もこう言っていました。

 

父「あの経験が人生の何に役立ったかなんてわからないけど、あれはやって良かった。何かある時にあの時のことを何故か思い出すんだよなぁ…」

 

だってさ

 

ふーん

 

そんな父は私の旅について、いつも一言だけ話すのです。

 

父『今までと これからを 繋ぐ旅を しなさい』

 

www

 

お前がそれ言う?www

 

なんてね。

 

せっかく一回目にしっかり書いたのに…二回目はネタに走ったよ。

 

まぁええわ

 

明日は実際に父の学んだ学校を探します。

 

ほな、おおきに

 

『けい』でした。

 

おわり